
さくらは日向の裸地にしゃがみ込み、手当たり次第に草を抜いていた。メヒシバ、カタバミ、名前のわからない草。片っ端からゴミ袋に突っ込んでいく。
ときどき、ぷにっとした感触の草が手に当たる。赤みがかった肉厚の茎。するりと抜ける。——スベリヒユだ。多肉植物みたいなやつ。名前はもう覚えた。
さくらはそれも袋に入れて、次の草に手を伸ばした。
⚔️ 草刈半蔵:精が出るな。
🌸 さくら:うわっ。……いつからいたんですか。
⚔️ 草刈半蔵:先ほどから。
半蔵は庭の端に立っていた。丁髷のハコベの花が、夏の日差しにくすんで見える。
🌸 さくら:散歩のついで、ですか。
⚔️ 草刈半蔵:そうだ。
さくらはもう突っ込まなかった。
半蔵はさくらの袋をちらりと見た。それから、袋の口に手を入れて、雑草の山の中から一本を引き抜いた。赤い茎を指で挟み、ゆっくり回す。
⚔️ 草刈半蔵:スベリヒユ。覚えておるな。
🌸 さくら:あ、はい。日向の乾燥地に強くて、抜いてもしぶとい草ですよね。
⚔️ 草刈半蔵:よい。だが、なぜこの草が乾燥に強いか——そこまで聞いたか。
🌸 さくら:茎と葉に水を溜めてるから……ですよね? 多肉植物みたいに。
⚔️ 草刈半蔵:それは半分だ。
半蔵はスベリヒユの茎を折った。断面から、透明な水分がにじむ。
⚔️ 草刈半蔵:この草は、光の使い方そのものが二段構えになっておる。昼は気孔を開いて光を攻めに使い、水が足りなくなれば夜に気孔を開いて守りに回る。攻めの型と守りの型を、一つの身体の中で切り替える。
🌸 さくら:……二刀流じゃないですか。
⚔️ 草刈半蔵:二刀流とは違う。二刀流は同時に二本を振るう。この草は、状況に応じて型を切り替える。攻守の使い分けだ。
🌸 さくら:攻守の使い分け……。だからこんなにカラカラの土でも平気なんですね。
⚔️ 草刈半蔵:そうだ。そしてもう一つ、厄介な話がある。この草の種は、土の中で数十年生きる。
🌸 さくら:数十年!?
⚔️ 草刈半蔵:種子バンクの話は覚えておるな。スベリヒユの種は、光が当たるまで土の中でじっと待つ。畑を耕して土をひっくり返した瞬間、目覚める。
🌸 さくら:……だから毎年生えてくるのか。
⚔️ 草刈半蔵:ゆえに、おぬしが袋に入れているのは正しい。
さくらはゴミ袋を見た。メヒシバやカタバミに混じって、スベリヒユの赤い茎がのぞいている。これだけ抜いても、土の下にはまだ何十年分の種が眠っている。
半蔵は手に持ったスベリヒユをもう一度見た。少し間があった。
⚔️ 草刈半蔵:……やはり旨そうだな。
🌸 さくら:え?
⚔️ 草刈半蔵:……前にも言ったはずだが。
🌸 さくら:前に? いつですか?
⚔️ 草刈半蔵:忘れたならそれでいい。——この草は食える。それだけのことだ。
🌸 さくら:食べられるんですか!? これ、ずっと抜いて捨ててたんですけど!
半蔵は答えず、庭の隅に目をやった。
⚔️ 草刈半蔵:江戸の昔、飢饉のたびに人の命をつないだ草、と聞いたことがある。
🌸 さくら:……飢饉。
⚔️ 草刈半蔵:米沢藩では、上杉鷹山が領民に配った手引書にこの草が載っておる。飢えた年に、どう食べ、どう干して保存するか。事細かに書かれておった。
🌸 さくら:保存まで……。
⚔️ 草刈半蔵:山形では今でも「ひょう」と呼んで食べる。干したものを戻して正月の膳に出す家もある。「ひょっとして良いことがあるように」という語呂合わせだと聞く。
🌸 さくら:正月に雑草を……。
⚔️ 草刈半蔵:トルコではヨーグルトに和える。地中海沿岸ではサラダにする。中国では長命菜と呼ぶ。世界中で、人はこの草を食卓に載せてきた。
さくらはゴミ袋を見下ろした。この中にも何本か入っている。先週も、その前も、他の草と一緒に抜いて、縛って、ゴミに出していた。
🌸 さくら:……全然知りませんでした。
⚔️ 草刈半蔵:知らなければ、ただの雑草だ。
半蔵は庭を見回すと、花壇のほうへ歩いていった。レンガの際に、地面に張り付くように細い茎が広がっている。スベリヒユに似ているが、全体に華奢で、茎も細い。
⚔️ 草刈半蔵:あったぞ。
🌸 さくら:あ、これもスベリヒユですか? 似てますね、ちょっと小さいけど——
⚔️ 草刈半蔵:違う。コニシキソウだ。毒がある。
🌸 さくら:……毒?
⚔️ 草刈半蔵:葉を見るがよい。
さくらがしゃがんで覗き込む。小さな楕円形の葉の中央に、紫がかった暗い斑点がある。
🌸 さくら:あ……葉っぱの真ん中に、紫っぽい模様がある。スベリヒユにはなかったですよね。
⚔️ 草刈半蔵:そうだ。もう一つ。
半蔵はコニシキソウの細い茎を折った。断面から、白い液がじわりとにじみ出る。
⚔️ 草刈半蔵:この白い乳液が出たら、絶対に口にするな。皮膚についてもかぶれることがある。トウダイグサの仲間に共通する性質だ。
🌸 さくら:白い液……。さっきのスベリヒユは透明でしたよね。
⚔️ 草刈半蔵:そうだ。茎の太さも違う。スベリヒユは肉厚で赤みがかっている。こちらは細く、毛が生えている。葉も薄い。
🌸 さくら:じゃあ、この三つを見れば——
⚔️ 草刈半蔵:見分け方を知ることと、安全に食べられることは違う。
さくらの言葉が止まった。
⚔️ 草刈半蔵:野の草を口にするというのは、そういうことだ。見分け方を教わったからといって、次から気軽に採って食えという話ではない。迷うなら、食うな。
🌸 さくら:……はい。
⚔️ 草刈半蔵:今日おぬしが抜いたものだ。改めて見るとよい。
さくらは袋の中を探り、スベリヒユを一本引っ張り出した。太くて赤みがかった茎。肉厚の葉に斑点はない。茎を折ると、透明な水分がにじんだ。白い液は出ない。
⚔️ 草刈半蔵:それはスベリヒユだ。だが次に採るときも、必ず確かめることだ。一度わかったからと油断してはならぬ。
🌸 さくら:……わかりました。
⚔️ 草刈半蔵:茹でればよい。よく洗って、さっと茹でる。それだけだ。
半蔵は庭の日向に立ったまま、思い出したように付け加えた。
⚔️ 草刈半蔵:採る場所も選ぶことだ。除草剤のかかった場所はもちろん、排気ガスの当たる道沿いやペットの通り道のものも避けるがよい。
半蔵は背を向けた。
⚔️ 草刈半蔵:おぬしが捨てていたものの中に、おぬしが知らなかった価値がある。それは草に限った話ではない。
さくらは半蔵の背中を見送った。丁髷のハコベの花が、夕方の光に揺れていた。
半蔵が帰ってから、さくらは台所に立った。
袋の中の雑草をひっくり返して、スベリヒユだけを選り分ける。茎の太さ、葉の肉厚さ、斑点がないこと。一本ずつ確かめながら取り出した。流水でざぶざぶ洗う。茎の間に土が挟まっている。葉の裏に小さな虫がいた。爪で丁寧に落とす。
鍋に湯を沸かして、さっと茹でた。
ざるに上げると、赤みがかっていた茎が鮮やかな緑に変わっていた。
さくらは箸でひとつまみ取って、口に入れた。
ぬるり、とした舌触り。噛むと、ぷちっと弾けるような歯ごたえ。そのあとに、やわらかい酸味が広がる。
——おいしい。
さくらは箸を止めた。
おいしかった。普通に、おいしかった。

窓の外に、庭が見える。日向の裸地に、まだスベリヒユが残っている。肉厚の葉が夕日に光っている。先週も、先々週も、その前も、さくらはあの草を他の雑草と一緒に抜いて、袋に入れて、ゴミに出していた。
何本あっただろう。数えたこともなかった。
同じ草だった。今日食べたのと、同じ草だった。
さくらは、もうひとつまみ口に入れた。酸味とぬめりが、舌の上に残った。
おいしいのに、なんだか複雑な気持ちだった。
今日の教え
草を読むとは、その草が人と共にあった時間を、想い描くことだ。 一本の草にも、人と歩んできた道がある。
半蔵の一言
「おぬしが捨てていたものの中に、おぬしが知らなかった価値がある。それは草に限った話ではない。」
さくらのメモ📝
- スベリヒユ、食べた。茹でただけなのに、ぬるっとして酸っぱくて、おいしかった。
- 半蔵さん、前にも言ったらしい。全然覚えてなかった。
- 江戸時代の飢饉のとき、この草が命を繋いでいたって。山形では正月に食べる家もあるって。知らないことだらけだ。
- コニシキソウっていう毒のある草がよく似てる。白い液が出たらそれ。葉に紫の斑点があるのもそれ。「迷うなら食うな」って半蔵さんに言われた。これは絶対守る。
- 先週まで毎週捨ててた草が、普通においしかった。なんか、すみませんでした、って気持ちになった。
今日の要点🌿
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項目 |
内容 |
|---|---|
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スベリヒユの生存戦略 |
多肉質の茎葉に水を蓄え、光合成の仕組みを攻め(C4型)と守り(CAM型)で切り替える。乾燥・高温の裸地で圧倒的に強い |
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種子の寿命 |
土中で数十年間生存可能。光が当たると発芽する。抜いた後に放置すると茎の水分で種を熟させるため、袋に入れて持ち去る |
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食用としての歴史 |
江戸時代の救荒植物(米沢藩『かてもの』に記載)。山形県では「ひょう」と呼び、乾燥保存して正月の膳にも。トルコ・地中海・中国など世界各地で食用 |
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基本の食べ方 |
よく洗い、さっと茹でる。独特のぬめりと酸味がある |
コニシキソウとの識別(重要)
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特徴 |
スベリヒユ(食用) |
コニシキソウ(有毒) |
|---|---|---|
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茎を折ったとき |
透明な水分がにじむ |
白い乳液が出る |
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葉 |
肉厚・斑点なし |
薄い・紫がかった斑点あり |
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茎 |
太くて肉厚・赤みがかってツルツル |
細くて折れやすい・毛が生えている |
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全体の印象 |
ボリュームがある |
地面に張り付くように華奢 |
採取の注意: 除草剤が散布された場所、排気ガスの当たる道沿い、ペットの散歩コースでは採らない。迷ったら食べない。